かつて湿地帯だった荒野を開拓し、巨大都市の礎を築いた徳川家康。彼が設計した水運網と城下町のレイアウトは、結果として人と人との距離が極めて近い高密度社会を生み出した。江戸幕府の統治下で武士と庶民の居住エリアが峻別されるなか、町人たちが自発的に育んだのが、独自のコミュニケーションスタイルと美意識である。
狭隘な長屋暮らしの中で、プライバシーを守りつつ助け合う。「職人の街」で醸成された下町文化は、やがて威勢の良さとユーモアを兼ね備えた独特のコミュニティ意識へと結実していった。助け合いの精神とさっぱりとした人情論は、統制された社会構造の中で庶民が勝ち取った自由の象徴でもあったのだ。