一斉摘発と規約改定によってプラットフォームから締め出された嫌韓系YouTuberのその後はどうなったのか。関係者の証言や当時の発信ログを追跡すると、大きく分けて3つのルートへと分岐したことが分かります。
第1のルートは、他プラットフォームへの避難と有料クローズド化です。YouTubeでの収益基盤を失った一部の著名配信者は、規制の緩い独自の動画配信サービスや、有料オンラインサロン、サブスクリプション型のコミュニティへと拠点を移しました。しかし、一般層がアクセスするオープンな空間から隔離されたことで新規視聴者の獲得は著しく困難となり、市場規模はかつての数十分の一へと縮小しました。
第2のルートは、政治・時事ジャンルからの完全撤退と別テーマへの転向です。運営者の多くは思想的動機ではなく「単に稼げるから」というビジネス目的で参入していたケースが大半でした。そのため、収益化剥奪後はゆっくり解説、雑学、VTuberの切り抜き、ガジェット紹介など、規約リスクの低い別ジャンルへと看板を掛け替えて活動を継続しています。
第3のルートは、ウェブサイト・まとめブログ自体の閉鎖です。YouTube動画と密接に連携していた「保守速報」をはじめとする大手政治系まとめサイトも、広告配信ネットワーク各社(Google AdSense等)からの配信停止処分が相次ぎました。まとめサイト閉鎖の経緯を辿ると、広告収入の途絶に加えて、過去の投稿内容をめぐる名誉毀損訴訟での敗訴判決が確定したことで、サイト運営そのものの法的・経済的リスクが限界に達したことが決定打となりました。