1997年11月17日日月曜日の朝、日本の金融界に走った激震は今も鮮明だ。北海道拓殖銀行(通称・拓銀)は大蔵省(当時)に自力再建の断念を申し出、営業継続不能を公表した。戦後の都市銀行としては初となる決定的な崩壊の瞬間であった。
当時の資金繰りはすでに限界を超えていた。短資市場での信用失墜により、日々の決済資金すら自力で確保できない極限状態に追い込まれていたのだ。日本銀行による特別融資(日銀特融)の発動によって即時の決済麻痺こそ回避されたものの、メガバンクの一角が倒れるという現実は、日本中の預金者と市場参加者に底知れぬ恐怖を植え付けた。