百人一首の第4番「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」は、単なる富士山の絶景を詠んだ歌ではありません。そこには、奈良時代に山部赤人が駿河の海岸線で覚えた純粋な自然への畏敬と、鎌倉時代の藤原定家らが極限まで研ぎ澄ませた幽玄の美意識が共存しています。
静岡市清水区の海岸線に立って赤人の驚きに思いを馳せるか、富士市の田子の浦みなと公園のタワーから現代の富士を仰ぐか。背景にある改変の歴史と言葉の深層を知ることで、1300年前に放たれた三十一文字の光彩は、私たちの眼前にこれまで以上に鮮やかに立ち現れてくるはずです。 (出典: 田子 の 浦 百人一首(Yahoo!ニュース))
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