採血の順番が厳格に規定されている最大の理由は、「針先を介した抗凝固剤のキャリーオーバー(持ち込み)」と「組織液(組織トロンボプラスチン)の混入」を防ぐためです。単に作業の段取りとして順番が決まっているわけではありません。
真空管採血において、ホルダー内の針が採血管のゴム栓を貫通する際、スピッツ内に噴霧・充填されている抗凝固剤の微小粒子が針先に付着します。もし順番を誤り、EDTA(血算用)スピッツを先に刺した後に生化学用スピッツへ針を移行させると、何が起きるでしょうか。
EDTAは強力なキレート剤であり、金属イオン(カルシウムやマグネシウム)を強く封鎖すると同時に、塩として「カリウム(K)」を多量に含んでいます。このEDTAがわずか数マイクロリットルでも生化学スピッツに持ち込まれると、以下のような深刻な検査値の狂いが生じます。
- 血清カリウム(K)の異常高値:EDTA-2K由来のカリウムが混入し、患者の真の血清Kが4.0 mEq/Lであっても、7.0〜8.0 mEq/Lといった致死的不整脈レベルの偽高値を示します。
- 血清カルシウム(Ca)の異常低値:EDTAが血液中の遊離カルシウムを強力にキレートするため、測定可能なCaが激減し、極端な偽低値を示します。
- アルカリホスファターゼ(ALP)の活性阻害:ALPの補酵素であるマグネシウムや亜鉛がキレートされ、見かけ上の酵素活性が激減します。
深夜帯の当直医がこのデータを目撃すれば、高カリウム血症による心停止を恐れて緊急透析やグルコン酸カルシウムの緊急静注を判断しかねません。不要な治療によって患者の生命を危機に晒すことになります。これが、採血管分注順序の理由をすべての看護師や検査技師が身体に染み込ませなければならない根拠です。