「ベンチプレス世界記録は何キロなのか」という素朴な疑問に対する答えは、競技カテゴリーによって大きく二分されます。関節を保護するリストラップとベルトのみを着用し、自らの筋骨格だけで挙上するノーギア世界記録と、強烈な弾性を備えた専用ベンチシャツを身に纏うフルギア世界記録では、扱う重量の世界が完全に異なります。
素手と純粋な筋力で争うノーギア部門において、頂点に君臨し続けているのがアメリカの怪童ジュリアス・マドックス(Julius Maddox)です。彼は2026年の公式大会(WRPF公認イベント)で355kg(782.6ポンド)をクリーンに成功させ、前人未到のノーギア絶対重量記録を打ち立てました。200kg超の巨体を誇るマドックスは、かつてキリル・サリチェフが保持していた335kgの壁を次々と打ち破り、360kg(800ポンド)の領域に肉薄する試技を現在も継続しています。
一方、支持具の反発力を極限まで味方につけるフルギア部門では、常識をはるかに超越した異次元の数値が刻まれています。その絶対王者が同じくアメリカのジミー・コルブ(Jimmy Kolb)です。コルブはマルチプライ(多層生地)シャツを駆使し、2026年に590kgを挙げて世界を震撼させた後、2026年7月の「IPA Quad City Iron Bash」にて612.35kg(1,350ポンド)の公式認定に成功しました。軽自動車1台分に匹敵する重量が胸の上に降ろされ、静止ののち押し戻される光景は、もはやパワーリフティングの枠組みを超えたテクノロジーと肉体の融合実験と言えます。