一般に「風林火山」として知られる四字熟語は、紀元前500年頃の中国春秋時代に書かれた『孫子』軍争篇(第7篇)に登場する一節を抜粋したものです。原文には明確に続きが記されており、四文字ではなく六つの比喩表現から構成されています。この全体像を軍事思想史では「孫子六如(ろくにょ)」と呼びます。
『孫子』軍争篇における原文の並びと、正しい訓読(読み方)は次の通りです。
「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷霆(雷震)」
(故に其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷霆の如し)
後半に位置する「難知如陰(なんちじょいん)」と「動如雷霆(どうじょらいてい)」(写本によっては雷震)こそが、省かれた「陰」と「雷」の正体です。「難知如陰」は、自軍の意図や布陣を闇のように深く隠し、敵に絶対に悟らせない隠密・情報戦の重要性を説いています。そして「動如雷霆」は、いざ出撃する際には突如として鳴り響く激しい雷鳴のように一撃で敵を粉砕する電撃戦を意味します。
孫子の兵法における神髄は「兵とは詭道(きどう)なり」、すなわち戦いとは敵を欺く行為であるという点にあります。状況に応じて変幻自在に姿を変える部隊運用の原則として、「風・林・火・山」の機動・制動・猛攻・防守に、「陰・雷」の謀略と急襲が組み合わさって初めて、完璧な戦術体系が完成する構造になっていたのです。