「国民を舐めているのか」「名札をつけないと国会議員だと分からない」——。近年のSNSやネット掲示板におけるタレント議員への視線は、かつてないほど冷徹でシビアです。特にX(旧Twitter)を中心とする世論空間では、芸能人の出馬会見が行われた瞬間から、過去のSNS投稿、バラエティ番組での過激発言、学歴や税金申告の履歴に至るまで、徹底的な身体検査とファクトチェックが吹き荒れます。
ネットの反応がここまで苛烈化する要因のひとつに、テレビ番組等での不用意な発言による炎上リスクがあります。知名度が高いがゆえに、一挙手一投足が即座に切り抜かれ、「この程度の知識で国政を目指すのか」と集中砲火を浴びる構図が完全に定着しました。記者会見で基本的な時事用語について回答を濁した瞬間に、その動画は瞬時に数百万回再生され、無能の烙印を押されてしまいます。
ここで興味深いのは、純粋な選挙出馬と、近年盛んに行われている「選挙への投票呼びかけ運動」に対する世間の受け止め方の違いです。
著名人たちが特定の支持政党を明かさず、民主主義の権利行使として動画等で投票を呼びかけるアクションに対しては、「若者の政治参加を促す素晴らしい試みだ」と評価する肯定的な声が一定数寄せられます。しかし、ひとたび特定の候補者が公認を得て自身の選挙区で票を求め出した途端、空気は一変します。「結局は自分の保身か」「税金で暮らしたいだけではないか」という強い懐疑心が首をもたげるのです。政治的な中立性を保った啓発と、権力闘争の当事者になることの間には、ネット世論において決して越えられない巨大な壁が存在しています。