爆発的なブレイクの一方で、ブームの収束は極めて急速でした。毒舌キャラという芸風の性質上、共演者やスタッフから敬遠されがちになり、次第にネタ番組のブーム終了とともに露出機会が激減していきました。
フリートークやバラエティ番組のひな壇での立ち回りに苦心し、いわゆる「一発屋芸人」のレッテルを貼られることになります。波田陽区自身も当時の状況について「当時は天狗になって周囲への感謝を忘れていた。仕事が減ったのは自業自得だった」とメディアで率直に振り返っており、過酷な精神的葛藤を抱えていた時期がありました。