浅田満氏の原点は、大阪府羽曳野市の被差別部落にあります。決して裕福とは言えない環境に育った浅田氏は、家業であった食肉処理・解体業を手伝う中で商才と人心掌握術を磨いていきました。戦後の混乱期を経て、1960年代から食肉卸売業へ本格参入し、「阪南畜産(のちのハンナングループ)」を設立します。
当時、食肉の輸入や流通は複雑な許認可と利権が絡み合う閉鎖的な市場でした。浅田氏は持ち前の行動力と独自のパイプを武器に、同和対策事業を梃子(てこ)にして事業を急拡大。部落解放同盟の幹部ポストにも就き、運動の力とビジネスを巧みに融合させていきました。
兄弟や親族ら家族ぐるみでグループ各社の経営を固め、食肉の輸入枠(クオータ制)の確保から全国の卸売市場への配分に至るまで、流通の要所を掌握。いつしか「浅田の印鑑ひとつで全国の牛肉相場が動く」とまで言われるほどの巨大な食肉帝国を築き上げたのです。