悲鳴嶼行冥のトレードマークである「常に涙を流す姿」と「南無阿弥陀仏と唱える念仏」。これは単なる信仰心ではなく、彼の哀しく凄惨な過去と深い慈悲の念に起因しています。
かつて悲鳴嶼は、身寄りのない9人の孤児たちを引き取り、寺で貧しくも穏やかに暮らしていました。寺の周辺には鬼除けの藤の花の香炉を焚き、夜間は決して外に出ないよう子供たちに言い聞かせて守っていたのです。
しかしある夜、言いつけを破って夜遅くまで出歩いていた子供の1人(後の上弦の陸・獪岳)が鬼に遭遇。自分が助かるために「寺の中に人間がいる」と鬼を招き入れ、藤の花の香炉を消してしまいました。
寺に侵入した鬼によって子供たちは次々と襲われます。盲目の悲鳴嶼は「自分の後ろに隠れろ」と必死に子供たちを庇おうとしますが、子供たちは目の見えない悲鳴嶼を頼りにならないと見限り、パニックを起こして逃げ出します。その結果、次々と鬼の餌食となって命を落としていきました。
唯一、背後に残った最年少の少女・沙代(さよ)を守るため、悲鳴嶼は生まれて初めて人を殺める覚悟で鬼に馬乗りになり、拳が砕けるのも構わず夜明けまで殴り続けました。鬼は朝日とともに消滅し、二人は生き残ります。
しかし、駆けつけた村人たちに対し、ショックで錯乱していた沙代が「あの人は化け物」「みんなあの人が殺した」と証言したことで、悲鳴嶼は子供たちを惨殺した殺人犯として投獄され、死刑宣告を受けてしまいます。
処刑寸前でお館様(産屋敷耀哉)に救出されたものの、この事件は悲鳴嶼の心に「子供は純粋ゆえに嘘をつき、保身のために人を疑う」「人間は脆く信じがたい」という深い人間不信を植え付けました。彼が常に涙を流しているのは、無惨に散った子供たちへの哀悼と、人間の弱さや愚かさを憐れむ尽きない悲しみがあるからなのです。