社会現象を巻き起こした宮沢りえの写真集『Santa Fe』。150万部超えの大ヒットの裏には、緻密な計算と現場での劇的なドラマが交錯していました。1991年11月13日の発売日、全国の大型書店には早朝から長蛇の列ができ、普段は男性向けグラビアを手に取らない若い女性や主婦層までもがレジへと殺到しました。この現象を決定づけたのは、篠山紀信が仕掛けた「脱エロティシズム」の視覚戦略に他なりません。
当時の報道や篠山紀信氏が生前の特番インタビューで明かした撮影秘話によると、米国ニューメキシコ州サンタフェへの渡航当初、宮沢りえ本人にはヌード撮影の意図は知らされていませんでした。現地のアドビ建築と乾いた荒野を舞台に撮影が進むなか、滞在先のホテルで母・光子氏から篠山氏へ「紀信さん、脱がせちゃいましょうか」という驚くべき提案が持ちかけられます。
突然の事態に18歳の宮沢りえは激しく動揺し、涙を見せる場面もありました。しかし、篠山氏は「決して卑猥な写真にはしない。今しか残せない、人類の遺産のような美しい身体を撮る」と説得。砂漠の澄んだ自然光、白壁に落ちる陰影、そして飾り気のない無邪気な笑顔を捉えることで、従来の「隠微なヌード」を完全に解体し、白日夢のような芸術作品へと昇華させたのです。
発売元である朝日出版社の販売戦略も功を奏しました。同社はそれまで語学書や思想書を主軸としていた出版社であり、大判ハードカバー、上質な紙の質感、定価4,500円というハイエンドなブックデザインを採用。週刊誌的な猥雑さを徹底的に排除した装丁が、女性層の購買ハードルを一気に押し下げる結果となりました。