14歳で実質的な引退を選んだカルキンの判断は、当時のハリウッドでは異例中の異例だった。年間数百億ドルを動かす巨大な経済システムから自ら降りる決断をしたこと。それこそが、彼が正気を保ち得た最大の防御策だったのだ。
ニューヨークの公立高校に通い、絵画を描き、アンダーグラウンドな音楽活動に身を投じた空白の年月。世間は彼を「落ちぶれたスター」と嘲笑したが、本人にとっては「人間らしさ」を取り戻すための不可欠なリハビリ期間だった。名声の狂気から意識的に距離を置いたことで、彼はハリウッドが飲み込んできた多くの子役たちの悲惨な末路を回避してみせた。