日本代表における背番号10の原点を語るうえで外せないのが、木村和司の存在です。1985年のメキシコW杯最終予選・韓国戦で放たれた約35メートルの直接フリーキックは、40年以上が経過した今なお日本サッカー史上屈指のスーパーゴールとして語り継がれています。「ミスター・マリノス」としても知られる木村が見せた正確無比なキックと孤高の存在感は、日本における「10番=特別なキッカー」という概念の礎を築きました。
Jリーグ開幕前後の熱狂を象徴したのがラモス瑠偉です。1993年、あと一歩でワールドカップ初出場を逃した「ドーハの悲劇」のピッチで、ピッチに崩れ落ちたラモスの背中には10番がありました。卓越した戦術眼から繰り出す決定的なスルーパスだけでなく、日の丸への並々ならぬ執念とリーダーシップで日本サッカーのプロ化黎明期を力強く牽引したレジェンドです。
そして1998年、日本代表が悲願のW杯初出場を果たしたフランス大会で10番を託されたのが名波浩でした。中田英寿らとともに形成した中盤で舵を取り、正確な左足のパスでリズムを創出。2000年のアジアカップでは大会MVPに輝く大活躍を見せるなど、ピッチの指揮官として君臨しました。