かつて「SMAPの木村拓哉」が社会現象となっていた頃、家族のプライバシーは事実上、存在しなかった。自宅周辺を取り囲むカメラ、根も葉もない噂話。そうした異常な環境の中で、方子氏は精神的な限界を迎えた時期があったという。
彼女が選んだのは、息子の威光に頼る生活でも、世間から隠れる生活でもなかった。一人の「木村方子」という人間として社会と関わること。その決意が、彼女を講演活動へと向かわせた。誰かの母親としてではなく、自分自身の言葉で語る。その姿勢は、当時の芸能界においては極めて異例の選択だったと言える。