ドリフターズが国民的人気を誇る中で訪れた最大の転換点が、1974年の荒井注さんの脱退でした。「This is a pen!」「なんだバカヤロー」といった大ヒットギャグを生み出した荒井さんでしたが、脱退を決意した真相には「過酷なスケジュールによる体力の限界」と「自分のお笑いセンスと毎週の生放送コントへの重圧」がありました。
当時45歳を超えていた荒井さんは、いかりやさんの徹底した完璧主義によるネタ作りと過激な体当たりコントに対し、「もう体がもたない」と限界を告白。いかりやさんは引き止めましたが荒井さんの意思は固く、円満な形でグループを離れることになりました。
この危機に抜擢されたのが、当時いかりやさんの付き人を務めていた志村けんさんです。1968年に高校卒業間際でいかりやさんの門を叩き、下積みを重ねていた志村さんは、荒井さんの推薦とメンバーの後押しを受けて正式加入。加入当初はプレッシャーから苦悩の日々が続いたものの、「東村山音頭」の爆発的ヒットをきっかけに一気に時代の寵児へと駆け上がりました。
また、ドリフを語る上で欠かせないのが「6人目のドリフ」と呼ばれた弟子のすわ親治(すわ しんじ)さんです。付き人として志村さんと寝食を共にし、『8時だョ!全員集合』では奇抜なメイクや不気味な笑い声の怪人役など強烈なインパクトを残しました。正式メンバーへの昇格こそ叶わなかったものの、ドリフのコントを現場の最前線で支え抜いた伝説のバイプレイヤーです。