少年院を退院後、役者への道を志した彼だったが、暴走族の元総長というレッテルは重くのしかかった。幾度となく門前払いを食らい、絶望しかけた彼の人生を劇的に変えたのが、美輪明宏との運命的な出会いである。ある日、美輪の楽屋を訪ねた彼は、その圧倒的なオーラに飲み込まれながらも熱意をぶつけた。美輪は少年の瞳の奥にある真っ直ぐな魂を見抜き、「あんた、役者になりなさい。あなたのその身体と顔は、表現するために神様が与えてくれたものよ」と言葉をかけたという。
この出会いを機に、彼は美輪の付き人として芸能界の基本を叩き込まれた。さらに名優・菅原文太の付き人としても修業を重ね、昭和の大スターたちの薫陶を受けた。だが、既存の劇団や事務所の枠にとらわれず、自らの手で表現の場を切り拓くべく、彼は仲間たちと共に「劇団PATHOS」を結成する。泥臭く汗を流しながら舞台に立ち続けたこの時期の経験が、彼の演技の確かな土台となったのだ。