「勿忘」の読み方について混乱が生じやすい最大の理由は、「熟字訓(当て字的な日本語の訓読み)」と「漢語の音読み」という2つの異なる言語体系が並存しているためです。日常のコンテンツや創作物において目にする「勿忘」は、大半が「わすれな」と読まれますが、辞書的な正確さを問われた場合は「ぶぼう」という読みも無視できません。
漢字一文字ごとの構造を紐解くと、その意味は極めて明確です。
まず「勿」という漢字は、音読みで「ブツ」「モチ」「ブ」、訓読みで「なか(れ)」と読みます。意味は「〜してはならない」「〜するな」という禁止・否定を表す助字(否定詞)です。「勿論(もちろん=言うまでもない)」や「勿体(もったい)」といった身近な言葉にも使われていますが、単体では強い戒めのニュアンスを含みます。
そして「忘」は「ぼう」「わす(れる)」であり、記憶を失うことや心から失念することを意味します。この2字が組み合わさった「勿忘」は、文字通り「忘れるなかれ(=決して忘れてはならない、心に留めておくこと)」という意味を成します。
漢文の文法で読み下す場合、否定の返り点に従って「忘るること勿(なか)れ」と読みます。これを名詞的に一言で言い表す際、漢音では「ぶぼう(または、ぼうぼう)」となり、大和言葉の響きを当てはめた結果「わすれな」という定着を見せました。したがって、「どちらが間違い」ということはなく、古典的・学術的な漢語としては「ぶぼう」、現代の情緒的・詩的な表現としては「わすれな」と使い分けるのが最も自然な解釈です。