野口健の歩みを語る上で、父である野口雅昭(のぐち まさあき)氏の存在を外すことはできない。元外交官という異色の経歴を持つ雅昭氏は、国際政治の最前線で多忙な日々を送り、幼少期の健に厳格な教育を施した。アメリカ・ボストンで生まれ、ニューヨーク、サウジアラビア、エジプトなど世界各国を転々とした少年時代は、多文化に触れる経験となった一方で、激しい文化ギャップと自己肯定感の模索という葛藤を抱え込む要因でもあった。
少年期の野口健は決して順風満帆な優等生ではなかった。日本の全寮制高校に進学したものの、環境になじめず落ちこぼれ、停学処分を受けるなど荒れた日々を過ごす。そんな絶望の淵で出会ったのが、冒険家・植村直己氏の著書だった。型にはまらない生き方に衝撃を受けた少年は、山という自己表現の場を見出す。厳格だった父・雅昭氏もまた、最初は息子の破天荒な登山の挑戦に困惑しながらも、内に秘められた開拓精神と強い意志を認め、陰ながら見守るようになっていく。外交官の父から学んだ国際感覚と強い精神力は、後に世界を舞台に活躍する登山家・野口健の強固なバックボーンとなった。