蒼龍は、1934年(昭和9年)に呉海軍工廠で起工され、1937年12月29日に就役しました。ロンドン海軍軍縮条約の保有枠上限を睨みながら設計された本艦は、日本海軍が初めて「最初から航空母艦として一から設計・建造」した中型正規空母です(赤城・加賀は戦艦・巡洋戦艦からの改装艦、鳳翔・龍驤は実験的要素が強い軽空母でした)。
日中戦争での実戦投入を経て、1941年4月に第一航空艦隊(第二航空戦隊)へ編入。そして1941年12月8日の真珠湾攻撃において、蒼龍飛行隊は九七式艦上攻撃機や九九式艦上爆撃機、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を発艦させ、米太平洋艦隊に壊滅的打撃を与えました。
その後も蒼龍は休むことなく南方作戦に従事。ウェーク島攻略作戦の支援、オーストラリアのポート・ダーウィン空襲、ジャワ海掃討戦、そして1942年4月のセイロン沖海戦では英重巡洋艦「コーンウォール」「ドーセットシャー」および英空母「ハーミーズ」を急降下爆撃によって驚異的な命中率で撃沈するなど、南雲機動部隊の電撃戦を象徴する存在として世界中にその威名を轟かせました。