昭和後期から平成初期にかけてCMやバラエティで引っ張りだこだった斎藤清六が、なぜテレビから姿を消すことになったのか。そこには時代の移り変わりと本人の価値観が関係しています。
1990年代後半以降、テレビのバラエティ番組はひな壇トークやテンポの速い掛け合いが主流となりました。萩本欽一の緻密な計算と温かい見守りの中で輝くタイプだった斎藤清六にとって、スピード感を重視する新しいテレビのフォーマットは、本来の持ち味を発揮しにくい環境へと変化していきました。
さらに、自身が60代を迎えた頃から「芸人としてやりきった」という満足感もあり、自ら積極的に仕事を取りに行く姿勢から、私生活を最優先するライフスタイルへと舵を切りました。名声や露出に執着せず、自然な流れでフェードアウトを選んだ選択こそ、彼らしい引き際だったと言えます。