1972年7月に発足した田中内閣の日本列島改造計画において、最大の推進力となったのが大胆な交通インフラ投資です。構想の骨子は、日本列島を網の目のように結ぶ新幹線と高速道路の建設でした。
具体的には、全国新幹線鉄道網を約7,000km、高速自動車国道を約1万kmにわたって整備し、全国の主要都市を東京から日帰り圏内(約2時間半)に収めるという青写真を描きました。上越新幹線や関越自動車道の建設はその象徴であり、豪雪地帯であった新潟県と首都圏を直結させた実績は、現代の物流・人の移動の根幹となっています。
さらに、重化学工業を太平洋沿岸から日本海側や東北、九州などの地方拠点へ移転させる「工業再配置促進法」を施行。地方に工業団地と中核都市を整備し、雇用を生み出すことで人口の逆流を促す戦略を強力に推進しました。