橋本政治の真骨頂が発揮されたもう一つの歴史的瞬間が、沖縄の米軍普天間飛行場返還合意である。1995年の米兵による少女暴行事件を受け、反基地感情が沸点に達していた沖縄。事態の打開に向け、橋本は当時の駐日米大使であったウォルター・モンデールとの間で、極秘裏に直接交渉を開始した。
外務省や防衛庁の頭越しに行われたこのトップ交渉は、まさに命がけの外交ギャンブルだった。橋本とウォルター・モンデールの強い信頼関係が結実し、1996年4月、電撃的な「普天間基地返還合意」が発表される。しかし、この画期的な合意は同時に、県内移設という重い宿題を現代に至るまで残すこととなった。沖縄の負担軽減と日米同盟の維持という二本の狭間で葛藤し続けた宰相の苦悩は、今なお色あせることのない外交のリアリズムを突きつけている。