本作最大の魅力は、独立しているように見えた患者たちの精神世界と現実世界の事件が、終盤にかけて一本の線へと収束していく圧倒的なプロット構成にあります。物語のクライマックスで明かされる真相は、読者の予想を根底から覆すものでした。
愛衣が救ってきたイレス患者たちは、偶然選ばれた人々ではありませんでした。彼らは全員、23年前に世間を震撼させた「少年X」による連続通り魔殺人事件、そして愛衣の父親が命を落とした事件に直接的・間接的に関わっていた当事者たちだったのです。愛衣がマブイグミによって彼らの精神世界から回収していた「記憶の欠片」は、そのまま過去の未解決事件のパズルのピースとなっていました。
そして最大のどんでん返しは、愛衣自身に向けられます。愛衣は「自分は患者を救う医師」として精神世界に潜入していたつもりでしたが、実は愛衣自身もまた重度のイレスを発症し、自らの深層意識の世界に囚われていたという驚愕の事実が判明します。いつも愛衣の傍らで道案内をしてくれていた怪獣のぬいぐるみ「ククル」の正体は、愛衣が幼少期に負った巨大なトラウマから精神を守るために生み出した、愛衣自身の自己防衛意識の具現化でした。
タイトルである『ムゲンのi』には、単なる言葉遊びを超えた極めて緻密な4重の意味が込められています。
第一に、主人公である識名愛衣が他者を救うために捧げた「無限の愛(AI)」。第二に、自分自身を見つめ直す自己認識としての「私(I)」。第三に、物語の核となる眠り病「イレス(ILES)の頭文字 i」。そして第四に、数学における「虚数単位 i(Imaginary number)」です。虚数は現実には実在しない数でありながら、物理学や先端工学において現実世界を記述・成立させるために不可欠な存在です。同様に、「患者たちの精神世界(イマジナリーな虚構)にダイブしなければ、現実世界の真実と治癒(リアル)に辿り着けない」という本作のテーマが、このアルファベット1文字に凝縮されています。