ネット上で瞬く間にバズを生んだ彼女は、メディアから「千年に一人の逸材」という強烈なキャッチコピーで呼ばれるようになります。しかし、この突然のブレイクは決して偶然の産物だけではありませんでした。彼女のバックボーンには、幼少期から積み重ねてきた確かな下積み時代が存在します。
橋本環奈は小学3年生(2007年)の時、「テレビに出たい」という本人の強い意志から、地元・福岡の老舗芸能プロダクションであるアクティブハカタのオーディションを受けて所属。その後、事務所内のダンス&ボーカルユニット「DVL」(後のRev.from DVL)のメンバーとして活動を開始しました。
当時の福岡アイドル時代は、決して華やかなことばかりではありませんでした。地方の商業施設の屋上や地域のお祭りなど、小さなステージでマイクを握り、ライブ後には自らチラシを配るなど、地道なプロモーション活動に汗を流していました。14歳という若さながら、ステージで見せる豊かな表情やキレのあるダンスパフォーマンスは、この地道なレッスンと現場経験の積み重ねによって培われた本物の実力だったのです。