慶雲館の歴史は、飛鳥時代末期の慶雲2年(西暦705年)にまで遡ります。天智天皇の側近であった藤原鎌足の長男・藤原真人がこの地を訪れた際、岩裂からこんこんと湧き出る温泉を発見したことが開湯の起源とされています。当時の元号「慶雲」をそのまま宿の名に冠し、以来元号が幾度変わろうとも、1300年以上の長きにわたり一度もその灯を絶やすことなく受け継がれてきました。
この比類なき歴史性が評価され、2011年にギネス世界記録において「世界で最も古い歴史を持つ旅館」として公式認定を受けました。戦国時代には甲斐の虎・武田信玄が陣中見舞いや兵の刀傷を癒やす「隠し湯」として重用し、その後は徳川家康も訪れた記録が残されています。
幾多の天災や戦乱を乗り越え、南アルプスの奥深い渓谷の中で今日まで存続できた最大の理由は、単なる歴史の古さにあぐらをかかず、時代ごとに旅人を迎え入れる誠実な湯守の精神と、他では替えが利かない圧倒的な泉源を守り抜いてきた点にあります。訪れる者は、悠久の歴史が紡ぎ出す静謐な空気に包まれながら、かつての英雄たちと同じ湯に浸かるという唯一無二の感動を味わえます。