これほどの美形でありながら、なぜ中居さんはSMAPの活動において「音痴キャラ」や「バラエティ班」「汚れ役」を自ら引き受けたのでしょうか。ここには、昭和から平成へと移り変わるアイドル過渡期を生き抜くための、極めて緻密なセルフプロデュース心理が存在していました。
当時、光GENJIのブームが落ち着き、「歌って踊る正統派アイドル」だけでは歌番組の減少に伴って生き残れない時代が到来していました。木村拓哉さんが圧倒的なエース・美男子枠としてグループを牽引する中、リーダーである中居さんは「グループ全員がカッコつけていては世間に受け入れられない」と直感し、率先してプライドを捨て、お笑い芸人に頭を叩かれる道を選びました。
メディア社会学の観点からも、自らの美貌を「親しみやすさ」の裏に隠し、道化に徹することで大衆との心理的バウンダリー(境界線)を取り払った中居さんの戦略は、SMAPを国民的モンスターグループへと押し上げた最大の勝因であると分析されています。