織田信長の父・織田信秀は多くの子をもうけ、男子だけでも12人前後いたと記録されています。信長は三男(または庶長子・信広、次男・信時に次ぐ嫡男)として生まれ、その下には少なくとも9人以上の弟たちがいました。
当時の武家社会では母の出自(正室か側室か)が極めて重視されました。信長の弟たちの関係性を整理した一覧は以下の通りです。
【織田信長の主な弟たち一覧】
- 織田信行(信勝・達成):信長の同母弟。家督争いを起こし、清洲城で信長に処刑される。
- 織田秀孝:信長の同母弟。美男子として知られたが、叔父の家臣に誤射され若くして落命。
- 織田信包(三十郎):信長の同母弟(異母説あり)。信長を支え、伊勢上野城主や丹波柏原藩主の祖となる。
- 織田信治:信長に従軍。浅井・朝倉軍との合戦(志賀の陣)で討死。
- 織田信興:信長の一門衆。長島一向一揆との戦いで孤立し自害。
- 織田秀成:信長に従い伊勢長島一向一揆の平定戦で討死。
- 織田信照:信秀の庶子。信長軍に属して従軍。
- 織田長益(有楽斎):信長の末弟。本能寺の変を生き延び、千利休の高弟・茶人として大成。
- 織田長利:信長の末弟。本能寺の変の際、二条御所で織田信忠と共に討死。
このように、同じ父を持つ兄弟でありながら、母の身分や生まれたタイミング、そして自らの才覚によって、その運命は天と地ほどに分かれていきました。