中日を退団後、星野とともに乗り込んだのは、長く暗黒期に喘いでいた阪神タイガースだった。負け犬根性が染み付いていた名門球団の空気を一変させたのは、島野の妥協なき規律だった。
2003年阪神タイガース優勝という18年ぶりの歓喜。その裏には、ヘッドコーチとしてチームを引き締める島野と、当時二軍監督や内野守備走塁コーチとして若手を育て上げていた岡田彰布らの強固な連携があった。勝ち方を知らない選手たちにプロの厳しさを注入し、戦う集団へと仕立て上げる。島野が植え付けた「負けを許さない執念」は、その後の岡田阪神へと受け継がれ、長きにわたる黄金時代の強固なバックボーンとなった。