一方、事件の当事者となった中村獅童は、伝統ある歌舞伎界の名門・萬屋の血を引きながらも、常に既成概念を打ち破る挑戦を続けていた異端の存在だった。映画『ピンポン』での鮮烈な怪演以降、松竹株式会社が手掛ける伝統歌舞伎の本興行のみならず、現代劇や海外映画への進出など、その活動領域は多岐にわたっていた。
しかし、摘発事故が招いた代償はあまりにも莫大だった。主演舞台の降板、CMの契約解除、そして世論からの猛烈な批判に晒され、数か月に及ぶ謹慎生活を余儀なくされる。伝統芸能の世界において看板を背負う重圧と、私生活の乱れに対する厳しい視線。獅童は後に自身の著書やインタビューで「すべては己の甘さと驕りが招いた結果だった」と述懐している。徹底的な謝罪と反省の日々を経て、彼は再び舞台へと戻り、ゼロからの信頼回復という茨の道を歩むこととなった。