クラスターカップの歴史は、そのまま日本のダートスプリント界の変遷を映し出す鏡だ。かつて盛岡競馬場でマークされた驚異的な日本レコードの記憶は、今なおオールドファンの語り草になっている。
基本的にJRA勢が層の厚さで他を圧倒する傾向は揺るがない。しかし、地方所属馬が全く歯が立たないかといえば決してそうではない。地方馬が中央の快速馬たちを相手に真っ向勝負を挑み、最後の直線で粘り倒すレース展開は幾度となく場内を沸かせてきた。
特に盛岡の馬場は、一般的な地方競馬場の小回りコースとは一線を画す。広いコース幅と長く緩やかな直線、そして登り坂。実力通りの決着がつきやすい半面、スピード一辺倒の馬が坂で失速し、スタミナを兼ね備えた差し馬が一気に強襲する展開も歴史の中で何度も繰り返されている。