千玄室の伴侶として登三子氏が歩んだ道は、想像を絶する激務と精神的強靭さを求められるものだった。若き日の千玄室が特攻隊からの生還という壮絶な原体験を経て、茶道を通じた世界平和を志した際、その途方もない構想を現実の生活と組織の基盤で支え切ったのが登三子氏である。留守を守る妻の毅然とした覚悟がなければ、家元の果敢な挑戦は成り立たなかった。
関係者が今なお語り継ぐ秘話がある。海外遠征が重なり家を空けがちだった夫に対し、登三子氏は決して不満を口にせず、京都の屋敷で弟子たち一人ひとりの健康や心情にまで細やかに気を配っていたという。ある古参の茶道家は「大奥様(登三子氏)は、どんなに多忙を極めても訪問客への挨拶を欠かさず、静かな微笑みの中に凛とした芯を通しておられた」と述懐する。家庭内における厳格な教育者でありながら、傷ついた人々を包み込む避難所のような温かさを併せ持っていた。