教育委員会の政策評価は、書類上の成果指標だけで測ることはできません。教職員のコミュニティ、SNS、保護者ネットワークで交わされる生の声には、公のリリースには現れない生々しい実態が刻まれています。
県内の公立中学校に勤務する30代の教諭は、自著に書き留めた日誌を振り返るようにこう語りました。「改革の号令がかかっていた時期は、毎月のように新しいICTツールの導入やプロジェクト型学習の研修が課され、授業準備や部活動指導、生徒指導の時間は限界まで削られていました。『子ども主体の学び』という理想には共感できても、それを支える教員の心身が持たなかったのです。当時の同僚たちが相次いで体調を崩していった光景は忘れられません」。
一方、小学生の保護者層からは一定の理解を示す声も聞こえます。広島市内のPTA役員を務める女性は、「以前の学校と比べると、子どもがタブレットを活用して自ら調べる授業が当たり前になり、発言力が鍛えられている実感はあります。教育委員会の一連の不祥事ニュースには失望しましたが、学校の先生方が日々の授業で必死に踏ん張ってくれている姿を見ていると、制度そのものを全否定する気にはなれません」と心情を吐露します。
ネット上の掲示板や口コミサイトでは「教育委員会の迷走」「学校間格差の拡大」といった手厳しい評判が今なお散見されますが、現場の教職員が必死に子どもたちの学びを支えている実態との間には温度差が存在します。組織上層部の不始末が現場の努力を覆い隠してしまった構図こそ、この数年間が遺した最も悲劇的な側面だったといえます。