浜木綿子の人生において、避けて通ることのできない最大のドラマが、元夫である三代目市川猿之助(二代目市川猿翁)との結婚と別離、そして長男・香川照之の成長を巡る軌跡です。
1965年に結婚した二人ですが、長男が誕生して間もない1968年、関係は突如として破綻を迎えます。猿之助が初恋の相手であった女優・藤間紫のもとへ走り、家庭を去った出来事は、当時メディアでもセンセーショナルに報じられました。幼子を抱え、突然の別れを突きつけられた彼女の苦悩は想像を絶するものでしたが、浜木綿子は決して被害者の座に甘んじることはありませんでした。
彼女は舞台女優としてすぐに復帰し、息子に不自由のない教育環境を与えるため、身を粉にして働き続けました。香川照之は名門・暁星学園を経て東京大学文学部社会心理学科へと進学。学業面でも超一流の道を歩ませた背景には、父親が不在であることで息子が一歩でも引け目を感じることがないようにという、母の並々ならぬ覚悟がありました。
しかし、ドラマはそこで終わりませんでした。2011年、すでに日本を代表する実力派俳優となっていた香川照之が、46歳にして歌舞伎界へ進出(九代目市川中車を襲名)し、当時まだ小学生だった息子の政明(現・五代目市川團子)とともに梨園の門を叩く決断を下したのです。
当時の報道や本人の告白によれば、この決断は母・浜木綿子にとってもまさに「青天の霹靂」でした。かつて自分と息子を捨てた元夫の世界へ、自らが手塩にかけて育て上げた息子と孫が飛び込んでいく――。当初は複雑な葛藤や驚きがあったことは想像に難くありません。しかし、浜木綿子は息子の揺るぎない覚悟と「澤瀉屋の血脈を孫へ繋ぐ」という執念を前に、最終的にはその背中を押し、一切の愚痴や不満を公に漏らすことはありませんでした。愛憎を超越したこの受容のプロセスこそが、香川照之との絶対的な信頼関係の根底に存在しています。