あんスタの朔間兄弟を語るうえで避けて通れない最大の命題が、「二人の間に一体何があったのか」という過去の断絶です。朔間零と朔間凛月の間に生じていた溝は、単なる思春期の兄弟喧嘩や反抗期といった言葉では片付けられない、血脈と環境に縛られた構造的な悲劇に端を発していました。
公式ノベルやイベントストーリー『追憶*それぞれの十字路(クロスロード)』などで明かされた朔間兄弟の幼少期は、現在の冷ややかな態度からは想像もつかないほど親密なものでした。日差しに弱く病弱な体質を持つ一族のなかで、弟の凛月にとって兄の零は絶対的な守護者であり、世界のすべてとも言える存在でした。凛月は兄を「にいさま」と呼び慕い、零もまた幼く脆い弟を誰よりも慈しみ、過保護なまでに庇護していたのです。
決定的な亀裂が生じたのは、零が夢ノ咲学院に入学し、その類まれな才覚ゆえに生徒会長として、さらには「五奇人」の筆頭として学院の頂点に君臨した時期でした。零は学院の腐敗や旧体制の歪みを一身に背負い、やがて海外遠征などで長期にわたり家を空けるようになります。その過渡期において、夢ノ咲学院では天祥院英智らによる「革命」が勃発。零が不在の間、学院内では「五奇人」とその関係者に対する激しいバッシングが吹き荒れました。
身体が弱く、日中は保健室や日陰に身を潜めていた凛月は、兄の庇護を失ったばかりか、「あの朔間零の弟」というレッテルを貼られ、周囲から好奇と嘲笑、あるいは恐怖の目で見晒されることになります。最も助けを必要としていた瞬間に、絶対的な信を置いていた兄はいなかった――。この出来事が、朔間兄弟の過去における確執の最大の理由となりました。「自分を置いてどこかへ行ってしまった」「自分を守ってくれなかった」という失望と孤独は、凛月の心に深いトラウマを刻み込み、やがて兄に対する強烈な拒絶反応へと反転したのです。
帰国した零を待ち受けていたのは、かつて自分を慕っていた面影を消し去り、冷え切った瞳で自分を他人のように突き放す凛月の姿でした。零は己の行動が弟を深く傷つけた事実を痛感し、自責の念から自らを道化として「吸血鬼の長老」のように振る舞い始めます。過剰なまでに弟を構い倒し、拒絶されることを受け入れるという、歪な贖罪のコミュニケーションがここから始まってしまったのです。