なぜ本州では爆発的に増え、四国でも辛うじて踏みとどまっているクマが、九州においてのみ完全に姿を消すことになったのでしょうか。その背景には、地理的要因と戦後の森林政策がもたらした決定的な構造差があります。
このデータが示す通り、九州に熊がいない決定的な理由の根幹は、高度経済成長期に国策として推進された「拡大造林政策」にあります。九州は温暖多雨な気候ゆえにスギやヒノキの生育が極めて早く、林業適地として山頂付近まで徹底的な皆伐と植林が行われました。その結果、クマが越冬前のエネルギー補給に不可欠とするブナやミズナラなどのドングリをつける広葉樹林帯が壊滅的な打撃を受けました。
同じく人工林化に苦しんだ四国では、険阻な剣山山系の高所岩稜部にわずかな広葉樹林パッチが生き残ったため、奇跡的に十数頭が遺伝子を繋いでいます。しかし九州では、徹底した林道網の整備によって奥山深くまで人間が容易に侵入できるようになり、逃げ場を失ったクマに対する激しい駆除圧と生息環境の破壊が同時に完了してしまったのです。