父・守綱の人生は、昭和の荒波そのものだった。天才バイオリニストとして名を馳せながらも、第二次世界大戦末期に召集され、戦後はシベリアへの過酷な抑留生活を経験する。極寒の地にあっても音楽への情熱を捨てず、収容所内で手作りの楽器を奏でて仲間を励まし続けたという逸話は、彼の不屈の魂を物語る。
復員後、再びバイオリンを手にした守綱の妥協なき姿勢は、徹子のプロフェッショナルリズムの根底に生きている。「本物だけが生き残る」という無言の教えは、テレビという新しいメディアに飛び込んだ若き日の徹子にとって、最大の指針となった。