華麗な成功物語の陰で、山口洋子は常に深い孤独と対峙し続けていた。銀座の店を閉めた深夜、静まり返った部屋で一人原稿用紙に向かい、朝を迎えるまでペンを走らせる日々。どれほど称賛を浴びても群れることを嫌い、自らの感性だけを頼りに生きる姿勢を生涯崩さなかった。
ヒット曲誕生の裏側には、徹底した推敲と妥協を許さないプロ意識が存在した。ひらめきだけに頼るのではなく、メロディの音符ひとつひとつに対して最も響く日本語の母音を緻密に選び抜く。そのストイックなまでの情熱があったからこそ、彼女の言葉は記号的な流行歌に終わらず、時代を超える生命力を宿したのである。