救命救急センターやICUの現場において、「脳底槽の消失」という画像所見は、医療従事者の表情を一変させるだけの破壊力を持っています。頭部外傷の患者が運び込まれた際、当直医が放射線モニターを操作しながら「側脳室はまだ保たれているが、中脳周囲槽(迂回槽・脚間槽)が完全に潰れている」と呟いた瞬間、看護師や麻酔科医、脳神経外科医の間で手術室の緊急立ち上げに向けた指示が飛び交います。
患者の家族に対する病状説明(インフォームドコンセント)の現場でも、この言葉は重い現実として突きつけられます。医師から「脳が激しく腫れ上がり、脳底槽という命の隙間が押し潰されています。このままでは脳幹が圧迫されて自発呼吸が止まる危険性が非常に高い」と告げられた家族は、突如として開頭減圧術への同意という過酷な決断を迫られることになります。
Yahoo!知恵袋やSNSなどのコミュニティを調査すると、家族が救急搬送された経験を持つ当事者から切実な投稿が数多く見受けられます。
「倒れた父のCTを見せられ、『脳の溝や隙間が全部消えている。脳ヘルニアを起こしかけている』と説明されました。専門用語ばかりで頭が真っ白になりましたが、先生の切迫した様子から命に関わる事態だということだけは痛烈に伝わりました」
臨床の現場で医師が注視しているのは、単に画像上の黒い隙間の有無だけではありません。ベッドサイドに駆け寄り、ペンライトで瞳孔を照らして「左右の瞳孔径に差(瞳孔不同)がないか」「光に対する収縮反応(対光反射)が保たれているか」を秒単位で確かめます。脳底槽の消失に片側の瞳孔散大が加わった瞬間、それはすでに動眼神経の麻痺、すなわち中脳が直接押し潰されていることを意味する決定打となるためです。