日本航空123便の墜落現場から救出されたのは、当時非番で客室に乗務していた日本航空アシスタントパーサーの落合由美さん(当時26歳)、会社員一家として搭乗していた吉崎博子さん(当時34歳)と長女の吉崎美紀子さん(当時8歳)、そして家族旅行の帰途にあった中学生の川上慶子さん(当時12歳)の計4名でした。
8月13日午前10時45分すぎ、陸上自衛隊や群馬県警などの合同捜索隊がスゲノ沢の急斜面で生存者を発見した瞬間は、日本中に大きな衝撃と希望を与えました。とりわけ、大破した機体の残骸と倒木の間に挟まれていた川上慶子さんが、自衛隊員に抱きかかえられてヘリコプターへ吊り上げられる映像は、昭和史を象徴する報道映像として今も記憶されています。
過酷な事故を生き延びた4名の「現在」について、報道各社および関係者の追跡記録によると、彼女たちはそれぞれ静かな日常を取り戻し、過度なメディアの狂乱から距離を置いて生活しています。
両親と妹を一度に失った川上慶子さんは、退院後に島根県の親族のもとへ引き取られました。深い悲しみを抱えながらも学生生活を送り、後に「自分を助けてくれた医療関係者のように、誰かの力になりたい」との志から看護師の道を選択。成人後に結婚し、母として新たな家庭を築いていることが報じられています。
夫と長男、次女を亡くした吉崎博子さん・美紀子さん母娘もまた、計り知れない喪失感を抱えながら、手を取り合って懸命に生きてきました。美紀子さんは成人して社会人となり、母である博子さんと共に、節目ごとに御巣鷹の尾根への慰霊登山を重ねてきました。
そして、事故調査において極めて重要かつ客観的な手記を残した落合由美さんは、心身の回復後に職場や私生活の再構築に努め、一般の市民として穏やかな暮らしを守っています。彼女たちは一様に「生き残ったことへの重圧」を背負い続けており、後述するサバイバーズ・ギルト(生存者罪悪感)と向き合いながら、それぞれの尊厳ある人生を歩んでいます。