彼女のライブ配信やSNS投稿に傷跡が映り込むたび、コメント欄は二極化の熱狂に包まれる。痛ましい過去を労わり「生きていてくれてありがとう」と涙を流す信奉者たちと、「リストカットをファッションにするな」「承認欲求の道具だ」と激昂する批判勢力。双方が投げつける感情のエネルギーは、プラットフォームのアルゴリズムを容赦なく回転させる。
問題は、彼女の傷がいつしか「共感の免罪符」として機能してしまっている点だ。生きづらさを抱えるフォロワーにとって、カリスマの腕にある傷跡は「自分たちの痛みを代弁する聖痕」に見えてしまう。傷つくこと、自らを損なうことが、どこか特別な物語として美化される危うさが、この熱狂の裏には常に張り付いている。