現代の日本において、「嶋田」「大嶋」「川嶋」「中嶋」「嶋村」など、苗字に「嶋」を含む家系は全国に広く点在しています。なぜこれほど多くの名字に旧字体由来の「嶋」が残存しているのか、その理由は明治時代初期の社会構造に遡ります。
1875年(明治8年)の「平民苗字必称義務令」により、すべての国民が苗字を名乗ることが義務付けられました。この際、当時の戸長(現在の市区町村長)が作成した「壬申戸籍(1872年)」や各公簿には、役人や本人が筆書きした文字がそのまま墨書されました。当時、公的に教育されていた文字文化は伝統的な字体が中心であったため、当然のように「嶋」の字で登録されたのです。
名字研究家の分析によると、特に「嶋田」という苗字は、水辺や河川の氾濫原、中州などに形成された微高地(島のように盛り上がった土地)を開拓して作られた水田「嶋田」に由来するケースが極めて多いとされています。水害を避けつつ豊かな水利を利用できる中州地帯は、農業社会において極めて重要な生産拠点でした。その土地に根付いた人々が土地の名を誇りとして名乗り、その筆跡が現代の戸籍にも厳格に受け継がれています。
戦後の戸籍行政では、「本人が希望して変更手続き(更正)を行わない限り、戸籍に記載された文字を勝手に常用漢字へ書き換えてはならない」という原則が守られてきました。そのため、先祖から受け継いだ誇りや家系の一貫性を重んじる多くの家庭において、「島」へ改めることなく「嶋」の表記が守られ続けているのです。