文化住宅とは、主に1950年代半ばから1970年代の高度経済成長期にかけて、大阪をはじめとする関西圏で大量に建築された集合住宅の一種です。構造としては木造2階建てのモルタル塗りが標準的で、1階・2階それぞれに複数の独立した住戸が並ぶ形式を取っています。
では、なぜ「文化」というモダンな名称が付けられたのでしょうか。その背景には、当時の庶民の住まい事情が大きく関係しています。
戦前の都市部における庶民の主流な住まいは、便所や台所(炊事場)、井戸などを共同で使う木造平屋の「長屋」でした。プライバシーの確保が難しく、衛生面でも課題が多かった長屋に対し、新しく登場した文化住宅は各住戸に専用のトイレ(汲み取り式または水洗)と独立した台所を備えていました。
「他人に気兼ねなく料理ができ、各家庭専用の便所がある」という生活スタイルは、当時の人々にとって極めて画期的であり、西洋風のモダンで清潔な暮らしの象徴でした。そこから「文化的で衛生的な新しい住まい」という意味を込めて、「文化住宅」という名称が定着した経緯があります。特に大阪万博(1970年)前後の関西では、都市部へ流入する労働者人口を受け入れるための切り札として爆発的に建設されました。