奥大介氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、Jリーグ屈指の強豪クラブで見せた卓越したプレーの数々です。神戸弘陵学園高校から1994年にジュビロ磐田へ加入した奥氏は、名将アーノルド・ハーンや名波浩、ドゥンガら錚々たるメンバーの中で頭角を現しました。激しいポジション争いを勝ち抜き、中盤の攻撃的キーマンとして磐田のJリーグ初制覇や黄金期形成に大きく貢献します。
2002年には横浜F・マリノスへ移籍。恩師である岡田武史監督のもとでチームの心臓部を担い、2003年・2004年のJリーグ連覇という偉業を達成しました。2007年に横浜FCで現役を引退するまでの通算成績は、J1リーグ280試合出場43得点。数字以上の強烈なインパクトをサポーターに残しました。
奥大介氏のプレースタイルは、極めて高い敏捷性と吸い付くようなボールコントロール、そして相手守備陣のギャップを鋭く突くドリブル突破に集約されます。サイドハーフからインサイドハーフまで幅広くこなし、密集地帯を単独で打開できる個の力は、当時の国内シーンにおいて唯一無二の武器でした。
その実力はサッカー日本代表でも高く評価され、トルシエジャパンやジーコジャパンにおいて国際Aマッチ26試合に出場し2得点を記録。1999年のコパ・アメリカや2000年のアジアカップ制覇など、世界の舞台でも堂々たる足跡を残しています。