1991年、当時アイドルやタレントとして絶大な人気を誇っていた三田寛子と八代目芝翫(当時は橋之助)の結婚は、梨園に新鮮な風を吹き込んだ。伝統的な極道の世界とも形容される梨園の妻として、一般家庭出身の彼女が奮闘する姿は、多くの共感を呼んだ。
彼女は単なる「妻」に留まらず、成駒屋のプロデューサーとしての役割も果たしてきた。三人の息子たちをすべて歌舞伎役者に育て上げ、夫の襲名披露を成功させた手腕は、梨園内外から高く評価されている。度重なる夫の女性問題報道に対しても、毅然とした態度で家を守り続ける彼女の存在なしに、現在の成駒屋の存続は語れない。