『フランダースの犬』最終話(第52話「青空へ」)において、少年ネロとパトラッシュが命を落とす場面は、日本のアニメーション史に残る劇的なクライマックスです。一般的には「パトラッシュ、疲れたよ…」と短縮して記憶されていますが、実際の台本におけるセリフの流れは、より静かで詩的な美しさを湛えています。
唯一の肉親であった祖父ジェハンを亡くし、風車小屋の火災犯という濡れ衣を着せられ、最後の希望だった絵画コンクールにも落選したネロ。雪が吹き荒れるクリスマスの夜、行き場を失ったネロは、憧れ続けたアントワープ大聖堂(聖母大聖堂)へと辿り着きます。普段は銀貨を払わなければ見られない祭壇画、巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスの絵(『キリスト昇架』と『キリスト降架』)の前に、月明かりが奇跡のように差し込みました。
【最終回・大聖堂内でのセリフ全文(抜粋)】
ネロ「パトラッシュ…ぼく、見たんだよ。一番見たかった、ルーベンスの2枚の絵を。だから、ぼくはすごく満足なんだよ」
(震えながら寄り添うパトラッシュを優しく抱きしめるネロ)
ネロ「パトラッシュ、疲れたろう。ぼくも疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……パトラッシュ……」
このセリフの直後、大聖堂の天井から光が降り注ぎ、ネロとパトラッシュを迎えに来た天使たちの昇天シーンへと移行します。ネロが遺した「疲れたろう」という言葉は、自分自身の限界の吐露であると同時に、重い荷車を引き続け、不当な仕打ちに耐え抜いてきた愛犬への深い労いと慈愛の言葉でした。理不尽な現実世界に絶望しながらも、最期に念願の芸術に触れた充足感の中で息を引き取った点に、この結末の二面的な悲劇性があります。