これほどまでに危険な物質でありながら、なぜ現代社会はフッ化水素を排除できないのでしょうか。その理由は、先端エレクトロニクス産業、とりわけ半導体製造プロセスにおける「代替不可能な物理化学特性」にあります。
半導体の基板となるシリコン(Si)ウェハーの表面には、大気中の酸素によって極めて強固な二酸化ケイ素(SiO₂)の酸化膜が形成されます。フッ化水素は、この二酸化ケイ素を化学的に溶かして除去(エッチング)し、シリコン結晶そのものは傷つけずに微細な回路パターンを掘り込むことができる唯一無二の薬品です。ナノメートル単位の超微細加工が求められる最先端ロジック半導体や3D NANDメモリの製造において、フッ酸による洗浄・エッチング工程は心臓部を担っています。
さらに、リチウムイオン電池の電解質原料(六フッ化リン酸リチウム)や、エアコン・冷凍機の冷媒、フライパンのフッ素樹脂コーティング、太陽光パネルのガラスエッチングに至るまで、現代の産業構造はフッ素化学の恩恵の上に成り立っています。だからこそ、危険だから全廃するのではなく、「いかに完全密閉し、厳格な安全基準のもとで制御するか」という工学的アプローチが徹底されています。