日本の音楽シーンにおける「御三家」という言葉は、1960年代前半に圧倒的な人気を誇った橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の3人を総称したことから始まりました。その口火を切ったのが、1960年に『潮来笠』で彗星のごとく現れた橋幸夫です。股旅歌謡という伝統的なジャンルに若々しいリズムと爽やかな歌声を吹き込み、瞬く間に日本レコード大賞新人賞を受賞しました。
続いて1963年に舟木一夫が『高校三年生』で学園ソングブームを巻き起こし、1964年には西郷輝彦が『君だけを』でビート歌謡の旗手として登場。それぞれ異なる個性と魅力を持った3人が揃ったことで、「元祖御三家」という絶対的なブームが確立されたのです。橋幸夫はその後も、吉永小百合とのデュエット曲『いつでも夢を』で第4回日本レコード大賞を受賞するなど、国民的スターとしての地位を不動のものにしました。
のちに1970年代を牽引する「新御三家」(郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎)が登場しますが、その音楽性や立ち位置には明確な違いが存在します。新御三家がテレビの歌番組と洋楽志向のポップス・ロックサウンドを全面に押し出した近代型男性アイドル像を確立したのに対し、元祖御三家は映画、舞台、歌舞伎や大衆演劇のエッセンスを内包した総合芸能のエンターテイナーでした。日本の大衆文化の土台を築き上げた彼らの存在感は、今なお別格の重みを放っています。