フットボールの歴史上、無数のフェイントが生まれては戦術の波に埋もれていった。その中にあって、シザースだけは常に最高峰のピッチで輝きを放ち続けている。理由は明快だ。人間の視覚認知と反射の隙を突く構造が完成されているからに他ならない。
ボールを跨ぐ瞬間、守備者はボールキャリアの進行方向を予測しようと下半身の筋肉を緊張させる。その一瞬の迷いこそが致命傷となる。かつてロナウジーニョが異次元のリズムで相手を立ち尽くさせ、ジネディーヌ・ジダンが優雅な体幹の傾きだけでマーカーを無力化したように、一流のドリブルは相手のリアクションを完全にコントロール下に置く。足先だけでボールをまたぐのではなく、上半身全体で「そちらへ行く」と錯覚させるダイナミクスが、屈強なセンターバックの足をピッチに縫い付けるのだ。