1975年12月10日午前0時、7年間の捜査が実を結ばぬまま公訴時効が成立した。さらに1988年には民事上の損害賠償請求権も時効を迎え、法的に真犯人を処罰する道は完全に閉ざされた。この未解決事件は、日本の警察組織に計り知れない衝撃を与え、その後の捜査手法の大幅な見直しを迫る契機となった。
大量の遺留品を残しながらも犯人を特定できなかった失敗は、現場保存の重要性や鑑識技術の近代化、情報共有のあり方に劇的な変革をもたらした。解決に至らなかった敗北の歴史は、皮肉にも現代の犯罪ミステリー研究や刑事ドラマの原点として、今もなお語り継がれている。